Wed, 01 May
#netpoyo に行ってソーシャルゲームについて考えた

4/19 は前職の人々と飲んで、酔っぱらったままひとりでわかれて、ロフトプラスワンで ねとぽよ presents 朝まで生ソシャゲ! FINAL というのをみてきた。

mixi がほとんど言及されず、歴史の話の最初に「mixi のほうが GREE よりプラットフォームとして売り上げが高かったときもあったんですねえ。いまからみるとちょっと信じられないですね。mixi のひとがいたらごめんなさい。」みたいに触れられた程度だったのはちょっと悲しかった。ソーシャルゲームという文脈からいうと正しい扱いなのかもしれないけど。

あと、公式ハッシュタグを見ていたら

いろいろ答えづらい質問をしているひとがいて、なるほど、お酒を飲んで深夜からやるのはこういう話ができるメリットがあるのか、と思ったら、とくにこれらに触れられないまま終わってしまい残念。まあ、お酒くらいで NDA とか立場がなくなるわけではないしね。

なにその勝利条件…

ソーシャルゲームのソーシャルさ

「ソーシャルゲーム」といわれて私が思い浮かべるのは、まずどこかに大学や会社の新卒同期みたいなつながりがあって、そこで展開されるがゆえにもとの社会の関係性が反映されがちで、結果コミュニティ内でかわいいポジションの女の子が、まわりからアイテムをもらえて、ゲームオタクよりも優位にたてるようなものだ。

コミュニティありきなので、たとえばランキングを作るにしても、全世界ランキングよりもコミュニティ内でのランキングが目立つ方が良い。例えば LINE POP で (イベントで登壇していたような) すごいスコアを出す人が全然視界に入らなくて、まわりとスコアを競って一喜一憂しているようなものをみると「ソーシャルだなあ」と思う。

DeNA の 2011年度 第1四半期決算説明会資料 は、この「大学や新卒同期みたいなつながり」という部分について「それ ARPU でみると儲からないよね」という話をしていて面白い。このスライドの16ページで、彼らはいろいろなソーシャルメディアを4つのジャンルに分類して、「リアル友人系」である mixi, Facebook に対して、「エンタメ・バーチャル系」である mobage はアクティブユーザー面は劣るかもしれないけど ARPU でいったら勝てますよと主張する。そして続く17ページ、mobage と Zynga の ARPU, さらに mogabe に出していた怪盗ロワイヤルと、当時 mixi にも出していた怪盗ロワイヤルの ARPU をそれぞれ比較して「勝てますよ」をちゃんと数字で示すのだ。

ゲーム屋でありながらプラットフォーム屋であるという立場を活かして、自社プラットフォームと他社プラットフォームに同じようなゲームを出して、自分達のゲーム屋としての優秀さを示しつつ (当時、怪盗ロワイヤルは mixi でも人気のゲームだった)、さらに自分達のプラットフォームの優位性も示してみせる DeNA の姿は、なかなか鮮やかで当時びっくりした記憶がある。

ちなみに、18ページにいくと自らの優秀さを「ユーザの購買意欲を刺激し続ける高度なバランス・チューニング能力」なんて言い出していて、これはちょっと規制前夜というか、いまだったらもうちょっと言葉を選んだんじゃないかという気がします。

ソーシャルゲームのいびつさ

ソーシャルゲームを「ソーシャルなゲームとは…」と言葉の定義から考えるのをやめて、かわりに、実際にいまソーシャルゲームと呼ばれているものから共通項をぬきだしてみる。すると、課金とかガチャとか、あるいは (これはアイドルマスター以後にはもう古い認識かもしれないけど) コモディティな価格のイラストレーターでスケールアウトできるよう、最初から画風をそろえることをあきらめたカードの絵柄とかがあり、それはふつうのゲームに慣れた人から見るといびつなものに見えるんだろう。

私はソーシャルゲームのいびつさを、ゲームを作っていた人々やそれをとりまく業界が考える「ゲームらしさ」(音とか 3D とか C++ で実装とかアニメとか) と、顧客が求めているもの (すきま時間にできるとか、なんかのアニメのキャラクタがでてくるとか) を費用対効果ふくめて再考した末に生まれたものだと思ってる。

Eric Ries の “Lean Startup” にこんな話がある。彼らのつくっていた IMVU (3D チャット + いろいろの Second Life みたいなソフトウェア) にはアバターの移動機能が無く、顧客はそれを求めていた。でもゲーム業界で 3D 空間での移動といったら移動地点までの経路を計算してアバターが歩いていくもので、それは実装コストが高い。というわけで彼らはその実装をあきらめて、単にアバターを消して、目標の地点に登場させるだけのものをリリースした。

You can imagine our surprise when we started to get positive customer feedback. We never asked about the movement feature directly (we were too embarrassed). But when asked to name the top things about IMVU they liked best, customer cinsistently listed avatar “teleportation” among the top three (unbelievably, they oftem specifically described it as “more advenced than The Sims”).

制作者側はそのあきらめを恥ずかしく思ってたんだけど、実際には顧客はそれを気に入って、ちゃんとアバターを移動させている Sims よりも良いと言うひとまでいたという。めでたしめでたし。

こういう、業界のひとがみたら恥ずかしく思うかもしれないけど、顧客が求めているような判断をつきつめていった先の局所解として、いまのソーシャルゲームがあるんだと思う。なので、イベントのなかでの死に舞さんのソーシャルゲーム批判は「スマートフォンはこれができるからゲームに使いましょう」というふうに聞こえてしまい、顧客不在でよくないなあと思った。